広島高等裁判所 昭和59年(ネ)46号 判決 1988年6月28日
昭和五九年(ネ)第四六号事件控訴人((以下「控訴人」という。) 東洋シート労働組合
右代表者執行委員長 西永章
右訴訟代理人弁護士 開原真弓
同 渡部邦昭
同年(ネ)第六一号事件控訴人、同年(ネ)第一一一号事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。) 株式会社 東洋シート
右代表者代表取締役 山口清蔵
右訴訟代理人弁護士 成富安信
同 青木俊文
同 中町誠
同 八代徹也
同年(ネ)第四六号事件、同年(ネ)第六一号事件各被控訴人、同年(ネ)第一一一号事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。) 日本労働組合総評議会全国金属労働組合広島地方本部東洋シート支部
右代表者執行委員長 一色邦男
右訴訟代理人弁護士 外山佳昌
同 山田延廣
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人の控訴人らに対する組合員の地位確認請求にかかる訴え及び被控訴人の控訴人株式会社東洋シートに対する昭和六二年七月分以降の金員支払請求にかかる訴えは、いずれもこれを却下する。
2 控訴人株式会社東洋シートは被控訴人に対し、
(一) 金五三二万九五七一円及びこれに対する昭和五七年七月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(二) 別表三組合費等明細合計表の番号1ないし18の期間欄記載の各年月分のうち昭和五七年六月分から昭和六二年六月分までの各年月分につき、同表支払金額欄記載の各金員及びこれらの金員に対する各該当月二六日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員、
を支払え。
3 被控訴人の控訴人らに対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人と控訴人東洋シート労働組合との間に生じたものは被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人株式会社東洋シートとの間に生じたものは、これを一〇分し、その七を控訴人株式会社東洋シートの、その三を被控訴人の各負担とする。
三 この判決は、主文第一項2に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人東洋シー卜労働組合(以下「控訴人組合」という。)
原判決中控訴人組合敗訴部分を取り消す。
被控訴人日本労働組合総評議会全国金属労働組合広島地方本部東洋シート支部(以下「被控訴人組合」という。)の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人組合の負担とする。
二 控訴人株式会社東洋シート(以下「控訴人会社」という。)
1 本案前
原判決中控訴人会社敗訴部分を取り消す。
被控訴人組合の請求にかかる訴えを却下する。
訴訟費用は第一、二審とも一色邦男の負担とする。
2 本案
原判決中控訴人会社敗訴部分を取り消す。
被控訴人組合の請求及び本件附帯控訴はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人組合の負担とする。
三 被控訴人組合
1 本件各控訴を棄却する。
2(一) 原判決主文一のうち確認を求める組合員を別表一の組合員目録1、2、9、14ないし20、22ないし24、31、33ないし36、38、39記載の二〇名に減縮する。
(二) 原判決主文二2のうち、昭和五七年六月から同年八月までの支払を命じた部分を次のとおり変更する(附帯控訴による拡張を含む。)。
控訴人会社は被控訴人組合に対し、金四三万四五八〇円及び内金一四万五八五〇円に対する昭和五七年六月二六日から、内金一四万五八五〇円に対する同年七月二六日から、内金一四万二八八〇円に対する同年八月二六日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。
(三) 原判決主文二2のうち昭和五七年九月分から昭和五八年五月分までを次のとおり減縮する。
控訴人会社は被控訴人組合に対し、金一二五万九九一〇円及び各内金一三万九九九〇円に対する各該当月二六日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人会社に対する請求のうち、その余の請求を棄却した部分を取り消す(附帯控訴。但し、減縮を含む。)。
控訴人会社は被控訴人組合に対し、一〇〇九円及び別表三組合費等合計表の期間欄の昭和五八年六月分以降のうち昭和六二年七月分以後の部分は毎月二五日限り、それ以外は直ちに、支払金額欄記載の金額及び各全員に対する各該当月二六日から各支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも控訴人ら(及び附帯被控訴人会社)の負担とする。
第二当事者の主張
《以下事実省略》
理由
第一本案前の主張について
一 控訴人らは一色が被控訴人組合の代表権を有しないので本件訴えは却下すべきである旨主張する。
被控訴人組合は、その組合員と主張する二〇名及び組合執行部の者らで組織された組合でありその代表者が一色であると主張するので、被控訴人組合が旧名称組合と同一ないしこれを承継したものであるかどうかとの争点についての判断は暫くおいて、右主張について検討する。《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
旧名称組合広島分会は昭和五四年四月二〇日本件大会において全金脱退決議をし(但し、その成立、効力の点は暫くおく。)、同伊丹分会は同年同月二一日その大会において同旨の決議をし、同本部執行委員会が同年同月二三日旧名称組合が全体として全金から脱退する旨決議し、本部執行委員長が同年同月同日全金兵庫地本に対し団体名でその脱退届出をした。兵庫地本は同年五月一日旧名称組合執行委員長山下稔ら執行部九名の者に対し、組合の統制処分として六か月間の権利停止処分をした上、上部組織組合の指導措置として同年五月四日一色を旧名称組合の委員長代行に指定し、旧名称組合を早急に立て直すよう指示した。そこで、一色は同年同月同日本件大会等で全金を脱退しない旨意志表示している者一四名に対し、旧名称組合の臨時大会を同年五月七日海田町教育会館において役員選任等の件で開く旨告知したほか、従前の組合員に対しても、その旨記載したビラを配布して、大会を招集した。右大会が予定通り開かれ、一色が出席組合員一一名の全員挙手の方法で右執行委員長に選任され、同年六月一日の大会でその名称を全金広島地方本部東洋シート支部(被控訴人組合)と改めた。被控訴人組合の組合員はその後五八名まで増加したが、脱退、退職などにより、現在は被控訴人組合主張の二〇名及び一色ら執行部の者らになった。
以上のとおり認められる。
右認定の事実により検討すると、(1) 右認定のように旧名称組合執行委員長山下及び執行委員ら九名が兵庫地本から六か月の権利停止処分を受けているが、右五月七日の大会の当時同人らは既に全金を脱退しているから、その統制処分の効力の有無は大会の成否に直接の影響を及ぼさない。(2) 兵庫地本が一色を委員長代行に指名したことは、執行委員長及び執行委員の全員が不在となったことに対処するため、上部組織である兵庫地本が下部組織組合に対する指導として暫定的にしたものであり、当時の状況から止むを得なかったものというべきであり、この場合に、民法五六条の仮理事を選任する必要がないと解される。(3) 一色は兵庫地本から委員長代行の指名を受けているのであるから、大会招集の権限を有するもので、大会は成立しその大会でなされた役員選任決議も有効である。(4) 組合役員選任決議の方法が組合員の直接無記名投票によるべきことは、全金規約五七条の趣旨、旧名称組合選挙細則一条(この点は、《証拠省略》から認められる。)及び労働組合法五条二項五号に定められているけれども、右各規定の趣旨は、投票の自由及び秘密を確保しようとするものであると解されるところ、出席者全員一致による挙手採決で執行委員長を選任する旨決議した場合は、例外としてこれを認めても、右各規定の趣旨に反するものとはいえない。また、その採決に当たり欠席者につき委任状による投票があったとする控訴人ら主張はこれを認めることのできる証拠がなく、後記二1(一)認定の規約の関係からみても、一色の右選定手続に特に違法の点は見当たらない。従って、一色は被控訴人組合の執行委員長としてその代表権を有するものということができ、この点の控訴人ら主張は理由がない。
二 控訴人らは、被控訴人組合が控訴人らとの間においても、被控訴人組合主張の者が被控訴人組合員としての地位を有することの確認を求めているので、その確認の利益の有無について判断する。
被控訴人組合が控訴人会社に対し、チェックオフ協定の履行としてその金員引渡しを求め又は不法行為によるチェックオフ金相当の損害賠償を求めること及び被控訴人組合が控訴人組合に対し不法行為そうではないとしても不当利益に基づきチェックオフ金相当の支払を求めることの各前提として、被控訴人組合の主張する者が被控訴人組合の組合員としての地位を有することが判断されなければならない。しかし、それは右各訴訟において、前提問題として判決の理由中で判断することができ、また、それで十分であって、それ以上に被控訴人組合の組合員としての地位を有することの確認の利益を認めることは相当ではない。従って、被控訴人組合の右確認の訴えは確認の利益がなく不適当として却下を免れない。
三 控訴人会社は、被控訴人組合にはその組合員の賃金を請求する権限がなく、チェックオフ金の支払いを求める当事者適格がないから、各金員請求は不適法として却下すべきである旨主張する。労働組合は会社に対し、チェックオフ協定の当事者の地位において、各組合員の賃金のうち組合費等相当分につきこれを控除した金員の引渡しを求める趣旨で、その金員支払を求める当事者適格を有するものというべきであるが、旧名称組合と控訴人会社との間にチェックオフ協定が存在したことは当事者間に争いがなく、被控訴人組合は旧名称組合を承継ないし維持した旨主張して本訴請求をしているのであるから、右チェックオフ協定上の地位に基づきその履行を請求する当事者適格を有する。又、債務不履行(履行不能)又は不法行為による請求は、被控訴人組合自身の地位においてその請求をしているものであるから、その当事者適格を有する。この点の控訴人会社の主張は理由がない。
第二本案について
(控訴人組合に対する請求について)
一1 被控訴人組合の請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
2 控訴人組合は控訴人会社から、後記の会社に対する請求についての四2(五)認定のように、チェックオフ金として合計二六三万三七六〇円を受領しているものである。
3 被控訴人組合は控訴人組合に対し、不法行為による損害賠償として、チェックオフ金相当の金員の支払を求めるが、被控訴人組合は控訴人会社に対し、訴えとして不適法な将来の請求部分を除き、チェックオフ協定に基づく履行としてその主張のチェックオフ金の引渡請求ができることは後記説示のとおりであり、控訴人組合が前記のとおり控訴人会社からチェックオフ金を受領したとしてもそのことにより、当然、被控訴人組合が控訴人会社に対するチェックオフ金の請求権を失うことにはならないから、被控訴人組合にはその損害が発生しない。よって、不法行為に基づく請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。
4 さらに、被控訴人組合は控訴人組合に対し、不当利得返還として、前記2の金員相当の支払いを求めるが、同様の理由で、被控訴人組合にはその損失が生じないから、被控訴人組合との関係では不当利得とはならず、その余の点について判断するまでもなく、不当利得に基づく請求は理由がない。
(控訴人会社に対する請求について)
二 被控訴人組合の請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。
三1 《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 旧名称組合の規約によると、広島分会、伊丹分会を通じた組合大会、執行委員会、代議員会、執行委員長などの役員、執行委員、代議員の定めがあり、組合大会が最高の議決機関であるとされているが、他方、本部執行委員会規約では本部執行委員会が旧名称組合の最高の議決及び執行の機関であると定めており、両規定の関係についての定めはない。広島及び伊丹各分会の議決及び執行機関等についてはそれを定めた規約が一切存在しないが、慣行として、右全体を通じた規約を各分会にも類推適用ないし準用すべきものとして運用され、各分会長をその執行委員長と呼んでいた。本部執行委員会は、両分会の各執行委員長、副執行委員長、書記長、及び広島分会執行委員四名で構成され、両分会の決議を基礎として(その間に差異があるとき適宣調整する。)議決し、これに基づき執行しており、さらに全体を通じた大会を開かないのが通常の取扱いであった。
(二) 旧名称組合は全金に加盟後その指導の下に組合活動を続けていたが、昭和五三年春及び秋に賃上げ闘争のためにストライキまでしたのにいずれも控訴人会社からゼロ回答があったこと、その後にも、組合費等が増大し、多数の退職者が発生したことなどから、旧名称組合執行部及び全金の指導方針に批判を抱く組合員が漸次多くなった。広島分会においては、同年九月頃から執行部の提案による執行委員会の決議か、代議員会において了承されず、代議員の間において執行部批判の声が強くなり、そのため、昭和五四年一月に執行部役員、執行委員が改選された。しかし、その後全金を脱退すべきであるとの意見を持つ組合員が次第に多くなり、下級職制である一部の組合員が、個人的に会合し、全金から脱退することにつき賛成の者の署名を集め、これに基づき組合大会を招集するよう請求することとし、外部からの干渉を避けるため、隠密裡にその賛成者から署名を集めるべく、同年四月一八日、一九日の両日七五名の組合員が発起人となり各組合員に対し、全金脱退の趣意書を配布して署名を求め、広島分会の組合員総数三一九名のうち二九一名の組合員の署名が集められた。そこで、右発起人代表者が同年四月二〇日午前一〇時ころ旧名称組合広島分会執行委員長吉田定雄に対し、右署名簿を添え、全金を脱退することを議題として、臨時組合大会を招集するよう請求した。
右執行委員長は、本部執行委員長山下稔とも連絡の上、直ちに執行委員会を開き同日午後零時一五分から昼休み時間を利用して臨時組合大会を開くことを決議し、さらに代議員会も開いて同旨の決議をした。旧名称組合規約一二条によると、「大会を招集するには執行委員長は開催の一週間前までに議題その他必要な事項を組合員に告示すると共に、大会運営委員に通知しなければならない。但し、緊急止むを得ない場合はこの限りではない。」旨定められているが、右執行委員長は右規約同条但し書にいう緊急止むを得ない場合に当るものとして、その招集手続をとることとし、同日午後零時一五分から昼休み時間を利用し、検査係前広場において、全金脱退の可否を議題として、旧名称組合の臨時大会を開催する旨招集し、その告知手続は、同日の代議員会において各代議員を通じ各組合員に対し、口頭告知するよう決議し、各代議員がその決議に基づいて各組合員に対しその旨口頭告知した上、同日午後零時二〇分ころから右告知のとおり大会が開催された。本件大会において、議長が全金脱退が可決された旨宣言した(但し、その効力の点は暫くおく。)。
(三) ところで、前記のとおり旧名称組合広島分会組合員の多数の者が、全金脱退に賛成の署名をしているけれども、右署名は、組合員である下級職制のうち直接の上司が職場で部下の組合員に対し、強くその署名を求める方法でされたため、中には断り切れずに署名したものもあり、また、職場討議もなかったので、これについて十分考慮する余裕もないまま大会に臨んだ者が多く、大会後にその署名が本心に基づくものではなかった旨述べてこれを撤回した者が相当あった。しかし、右執行委員長は、多数組合員の全金脱退の気運が高まったこの機会を逸することなく、直ちに大会を開き、一挙に全金脱退決議を成立させる必要があるとの情勢判断を行い、その事情が規約同条但し書の緊急止むを得ない場合に当るとして、その方法で前記のとおり大会を招集する旨裁量し決定した。従前旧名称組合広島分会における大会の招集告示機関は二日ないし四日として運用されたことが多く、特に、(イ) 昭和三八年に全金に加入する際執行委員会で決定した翌日に代議員会を開き代議員を通じ各組合員に対し口頭で告知する旨決議し、当日の午後五時ころ臨時大会を開いたことがあるが、その時は組合員に対する解雇について控訴人会社との団交が行き詰まり、それに対抗するには、組合が早急に強力な上部団体である全金に加盟し、その指導、援助を得なければその局面を打開できない状況に置かれたため、緊急に右解雇処分撤回及び全金加入を関連の議題として、臨時大会が開かれた。(ロ) 昭和四一年一一月二五日の臨時大会は、執行委員会で決議した翌日開かれたが、緊急に回答すべき年末一時金の団交受諾に関する件が議題であった。(ハ) 昭和四九年一二月三日の臨時大会は、執行委員会で決議をした当日開いているが、執行部の信任が議題で、直ちに開かないとその執行に支障を来すとの判断で開いたものであり、しかも、その大会では決議せず、一週間後に組合員の直接無記名投票により結局信任されたものである。
以上のとおり認められ、右認定を左右する証拠はない。
2 そこで、旧名称組合広島分会執行委員長吉田定雄のした本件大会招集手続が旧名称組合規約一二条但し書にいう「緊急止むを得ない場合」に当たるとして一週間の告示期間を置かないでなされた本件大会における全金脱退決議の効力について検討する。
旧名称組合規約一二条本文の趣旨は、大会における議題等必要な事項を事前に組合員に告知するばかりでなく、これを周知徹底し、その議題等に関し十分に調査検討する機会を与えたものというべきところ、その組合が上部の所属団体から脱退するかどうかという議題は、その組合の運営に関する最も重要で基本的な問題であり、そのいずれに所属するかは組合員個人の身分、今後の経済闘争の結果など多大の影響を及ぼすことが予測されるから、通常の場合以上に、組合員にその準備をする十分な時間的余裕を与え慎重に考慮するための期間を確保すべきであり、そのためには、規約に定めた一週間の告知期間を厳守し、手続の公正を確保することが組合の民主的運用の基本であるといわなければならない。この様な議題の性質上、執行委員長としては、右規約同条本文の招集手続をとるべきであり、簡易な方法である同条但し書の緊急止むを得ない場合としてその招集手続をすべきではないといえる。まして、前記認定事実から明らかなように、全金脱退に反対の者がまだかなりの数に達していたのであるから、十分に考慮する期間を確保することが右規約の趣旨に沿うものである。しかるに、旧名称組合広島分会執行委員長は、多数組合員の全金脱退の気運が高まった時期を逸することなくその議決をすべきものとの情勢判断に基づいて、規約同条但し書による招集手続をとったものであり、未だ緊急止むを得ない場合に当るものとはいえない。前記認定のうち、旧名称組合の各執行委員長が過去において同条但し書によって開いた大会の事例については、その緊急止む得ない場合とした判断につきそれなりに首肯することができるけれども、これらはいずれも本件大会の場合と事情を異にし右事例があるからといって本件大会の決議をも有効であるということはできない。そして、規約同条の如何なる手続で大会を招集するかは執行委員長の裁量に属するものといえるが、右認定の事情の下で本件大会につき規約同条但し書の緊急止むを得ない場合による招集手続をしたことは、裁量権の範囲を超えるもので、違法といわざるを得ない。
従って、その余の点につき判断するまでもなく、本件大会における全金脱退決議は無効であるということができる。
3 前記第一の一認定のように、旧名称組合の本部執行部において全金を脱退する旨の決議をなし、その執行として本部執行委員長が兵庫地本に対して旧名称組合としての脱退届出をしているのであるが、右執行部の決議は本件大会の全金脱退の決議を基礎としてされたものである以上、本件大会の決議が前記のとおり無効であれば右本部執行部の決議もまた無効といわざるを得ず、その決議の執行として本部執行委員長が兵庫地本に対して旧名称組合の名においてした脱退届出もそ効の力を生ずるに由ない。
4 前記1冒頭の各証拠を総合すると、次の事実が認められる。
全金規約六二条、六四条、兵庫地本規約三三条、三四条の趣旨からみると、団体脱退の可否はさておいて、組合員が個人の資格でこれを脱退することができる旨定められているところ、前記のとおり旧名称組合の本部執行委員長は昭和五四年四月二三日兵庫地本に対し団体名でその脱退届出をなし、右脱退者において同年五月八日に臨時組合大会を開き、控訴人会社従業員二三八名が出席の上、所要の規約改正、名称の変更(控訴人組合名)などを決議し、その後旧名称組合は消滅して存在せず、全金とは一切関係がない旨主張し、控訴人組合として組合活動を続けている。一方、被控訴人組合は、前記第一の一認定のように、一色ら役員を選任し、その旨兵庫地本に報告した時点では、組合員数は一四名であり、その後の大会で、広島地方本部に組織変えし、組合員数も増加し、独自の組合活動を行って現在に至っている。
以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。
前記のとおり本件大会における全金脱退決議が無効であるため、旧名称組合本部執行委員長が兵庫地本に対して旧名称組合の名においてした脱退届も無効であるが、右認定の事実、前記第一の一認定の事実、前記各説示によると全金脱退決議に賛成した者は個人の資格において集団的に、全金を脱退する意思をも有していたと推認するのが相当で、執行部、さらには、兵庫地本に対する通知も右趣旨を含んでいたものと認めることができ、同人らはすべてそのころ個人として全金に所属する旧名称組合から脱退したものというべきである。従って、控訴人組合は、右脱退者らが脱退後に旧名称組合とは全く無関係な組合として新たに結成されたものであって旧名称組合とは同一性がない。一方、昭和五四年五月八日ころの時点では右一色ら一四名が旧名称組合に残留し、被控訴人組合名を称するに至ったとみることができるので、被控訴人組合が旧名称組合を維持しまたは継承しこれと同一性を有するものであるということができる。
四1 控訴人会社が昭和四〇年ころ旧名称組合との間でチェックオフ協定をしたこと(但し、その内容の点を除く。)、控訴人会社が昭和五四年四月以降のチェックオフ金のうち被控訴人組合がその組合員であると主張する者の組合費等を一定期間まで控訴人組合に引渡したこと(但し、その組合員の氏名、期間、チェックオフ額、引渡し理由などについては除く。)は当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 旧名称組合の規約によると、組合員は組合に対し、定められた組合費及び賦課金を納める義務を負い(三四条二号)、組合は組合員から組合費としてその月額の百分の一・五を徴収し(四五条)、各組合員は闘争積立金として各月額一〇〇〇円ずつを積み立てる(但し、広島分会。闘争積立金規定四条)こととし、組合員は、旧名称組合が控訴人会社からチェックオフ金の引渡しを受ける方法で、各組合員の賃金の中から右組合費等相当分を受領し、これを直ちに組合費等の支払に充当することを承諾していた。
(二) 旧名称組合と控訴人会社との間のチェックオフ協定は、当初昭和四〇年九月二〇日に締結され、その後改訂を重ね、本件大会当時における協定(乙第六号証、昭和五三年三月三日改訂、期間三年)では、組合費の控除基準額は各月支給の総給与額(社会保険料、市民税等の源泉徴収控除前の額)から残業手当、交通費を除いた額の一・五パーセントの割合の組合費と、各組合員毎月一〇〇〇円ずつの闘争積立金とすると定めた。控訴人会社は右協定に従い、毎月二〇日までに旧名称組合から各組合員ごとに控除すべき額の通知を受けて、これを控除の上、毎月二五日限り旧名称組合に引渡していた。
(三) 控訴人会社は昭和五四年四月二三日控訴人組合の執行委員長であり旧名称組合本部執行委員長でもあった山下稔から、旧名称組合は全国金属から脱退したこと、及び、控訴人組合は全金と一切関係がないことの通知を受け、昭和五四年四月二七日控訴人組合との間で、「全金脱退並びに組合の名称変更に伴い労使間の協定はいささかの変更がない。」旨の協約を締結し、これに基づいて、控訴人組合から通知を受けた各組合員についてその額を各賃金の中から控除して控訴人組合に引渡していた。また、控訴人会社は、被控訴人組合の組合員の一部からその組合員についてのチェックオフ金を被控訴人組合に引渡すよう要求があったが、被控訴人組合からその旨の連絡がないことを理由に、これを拒否し、控訴人組合に引渡していた。但し、一色ら一一名については、控訴人組合が昭和五四年五月二三日控訴人会社に対し、控訴人組合の組合員ではない旨通知したので、同人らについてはチェックオフをしていない。また、被控訴人組合は再三にわたり控訴人会社にチェックオフについても団体交渉の申し入れをしているが、控訴人会社はその都度旧名称組合は消滅したとしてこれを拒絶している。
(四) 被控訴人組合がその主張の期間中その組合員であり、また、現在その組合員である者の氏名は、別表一、二、四のとおりであり、これらの者につき旧名称組合との前記チェックオフ協定に基づき控除すべき組合費及び闘争積立金の内訳は次のとおりである。
(1) 昭和五四年四月分は旧名称組合の組合員三一九名の組合費等で合計六五万一〇六〇円である。
(2) 同年五月分から昭和五七年五月分までの組合費等は別表一の組合員につき、別表二(但し、片岡良武の昭和五七年一月分二一二〇円を二一一六円と、松田健二の同年二月分三二六〇円を二二六三円と、小田洋治の同年二月分二一一〇円を二一〇二円と改め、それにより右期間中で合計一〇九〇円少なくなる。)の期間、組合費、闘争積立金の各欄記載のとおりであり、合計額は四六七万八五一一円(右(1)と合計すると、五三二万九五七一円)となる。
(3) 昭和五七年六月分以後は別表四記載の各組合員につき、同表の期間における、組合費、闘争積立金の各欄記載のとおりであり、その月別合計の内訳は別表三記載のとおりである。
(五) 右(四)のチェックナフ金のうち控訴人会社が控訴人組合に引渡したとして被控訴人組合に対し履行を拒んでいる分は、右(四)の(1)の金員と、(2)のうち昭和五四年五月分から昭和五五年一〇月分まで合計一九八万二七〇〇円(別表二)であり、両者の合計は二六三万三七六〇円である。(なお、昭和五五年一一月分以後については、仮処分決定により、控訴人会社が被控訴人組合に対し仮に支払っている。)
以上のとおり認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
3 右認定事実によると、旧名称組合の組合員は組合に対し、負担する組合費等の支払方法として、その賃金のうち右組合費等相当額につき受領の代理権を与え、組合がそれを受領し直ちに組合費等の支払いに充当することを承認し、旧名称組合は控訴人会社に対し右認定のチェックオフ協定に基づき、各組合員の賃金のうち組合費等相当額を控除の上引渡しを求める権利を有し、控訴人会社は右協定に基づく義務として、旧名称組合に対しその控除、引渡義務を負っていたものであり、旧名称組合と同一性のある被控訴人組合がその権利義務を承継したものといえる(なお、右認定の事情からすると、右協定の期間経過後においても右協定の効力に影響を及ぼすものではない。)控訴人会社は、控訴人組合との間のチェックオフを含む従前と同一の労働協約に基づいてチェックオフを行い、これを控訴人組合に引渡したものであるが、これによっては被控訴人組合とのチェックオフ義務を免れることはできない。
控訴人会社は、また、被控訴人組合が少数派組合となり協定の基礎に根本的な大変動が生じたから旧名称組合との間でしたチェックオフ協定は当然失効したというが、チェックオフ協定を締結した当時多数派であった組合が少数派となっても組合として存続している限り、そのことだけでは、未だその協定の効力が失われたものということはできないから、右主張は理由がない。
4 従って、控訴人会社は被控訴人組合に対し、チェックオフ協定に基づく履行として、(1) 昭和五四年四月分から昭和五七年五月分までの組合費等五三二万九五七一円及びこれに対する請求(昭和五七年七月一四日の原審第一六回口頭弁論期日にその請求をしたことが記録上明らかである。)の翌日である昭和五七年七月一五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。(2) 昭和五七年六月分、同年七月分は各月一四万五八五〇円ずつ、同年八月分一四万二八八〇円(合計四三万四五八〇円)及び各金員に対する各月二六日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う(本件附帯控訴による請求の拡張部分)。(3) 昭和五七年九月から昭和五八年五月分までは、別表三の期間欄記載の各年月分について各支払金額欄記載の各金員及びこれらの各金員に対する各該当月二六日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う(当審において請求の減縮があり、原判決中右該当部分が右のとおり変更されたので、主文においてこれを明らかにする。)。(4) 昭和五八年六月分から弁論終結時までに期限の到来した昭和六二年六月分までは別表三の番号3ないし18の期間欄記載の各年月分について各支払金額欄記載の各金員及びこれらの各金員に対する各該当月二六日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。(5) しかし、前記(1)の期間中のその余の請求(前記2(四)(2)の一〇九〇円とその遅延損害金)は理由がない。また、被控訴人組合の控訴人会社に対する債務不履行(履行不能)又は不法行為による損害賠償請求中右の部分については同様の点から理由がない。(6) 当審口頭弁論終結時後に期限の到来する昭和六二年七月分以後の請求についてみると、その計算の基礎となる被控訴人組合の組合員の異動増減により請求できる額が変動して、予め一義的に明確に認定することができず、各該当月分の組合費等請求の時点で被控訴人組合の組合員が確定して初めてその額を認定することができ、右権利の成立要件の具備につき、被控訴人組合がこれを立証すべきものと考えられるので、右請求部分は、将来の給付の訴えの対象適格を有しないから、右請求にかかる訴えは不適法として却下を免れない。
(結論)
五 以上のとおりであるから、被控訴人組合の本訴請求のうち、(1) 控訴人らと被控訴人組合との間で別表一の組合員目録1、2、9、14ないし20、22ないし24、31、33ないし36、38、39記載の者が被控訴人組合員としての地位を有することを確認する旨の訴え及び被控訴人組合が控訴人会社に対し昭和六二年七月分以後の金員支払を求める訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下すべきところ、これと異なりこれらについても本案につき審理判断をした原判決は相当ではない。(2) 控訴人組合に対する不法行為に基づく損害賠償請求及び不当利得に基づく返還の予備的請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当ではない。(3) 控訴人会社に対するチェックオフ協定に基づく金員の引渡し請求(右の却下する部分を除く。)は、前記説示の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却すべきであり(履行不能又は不法行為に基づく請求の一部についても前記説示のとおり理由がない。)、被控訴人組合の本件附帯控訴は一部理由があるので、一部これと異なる原判決は相当ではなく、前記の当審における請求の減縮による原判決の変更も明らかにすることとする。よって、原判決を右説示のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条により、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村捷三 裁判官 高木積夫 池田克俊)
<以下省略>